ぼっちの独り言は長い!

喋る相手がいないから、言いたい事を書いてみた。

どこからがイジメかという、問いかけに答える

いじめ問題を、考えるとき一つのテーマともいえる

どこからがイジメかという、問に対して答える。

どこからがイジメかという事ではない

普段からの、行動が見直すことが出来なければ

後に、いじめられた子に対して行なわれた行為は

全てイジメとして扱われるのである。

 例え、それが軽いイタズラや、変わったアダ名、挨拶のつもりの背中を叩く行為も

いじめられた子がどのように感じているのか解らないのだ。

 人はだれしも好き嫌いが有る、あいつだけには言われたくない、相性の悪い奴も居る

そんな相手から、変わったアダ名で呼ばれるだけで気分が悪くなる。

または、体の調子が悪い時もある、それをまたからかう者いる

緊張する場面、大勢の前でからかうことをする。

相手が一人であっても、其の時のタイミングや相手によって

必要以上のダメージを受ける。

やられた本人しか解らない心のダメージが問題である。

自分がやられたら嫌だなと感じる行為は、全てイジメになると言う事だ!

 しかし、ここまでなら、周りからみれば、じゃれ合っていると思うかも知れない

そのような行為が続けば、いじめになり、今までの行為は全てイジメとして扱われる事になる。

 客観的に見て、じゃれあっているように見えても、彼らの本心は違うのである

毎日、続くとどんな小さな行為でも、イジメとしてカウントされ

いじめられている子を苦しめていく。

いじめる側は実は嫌がっているのを解っているのに辞められない

あるいは、イジメをすることが日常化して感覚が麻痺しているのである。

この状態は、一種の負の連鎖で一度始まってしまうとエスカレートするばかりである。

しかし、、イジメられていると感じた時にはもう、負の連鎖がはじまっていて

手遅れとも言える。

負の連鎖の行く先は、最悪の場合、自殺を選ぶことでしか抜けられない

あるいは、うまく逃げて転校しかないのである。

今の、子どもたちは心が弱い、と良く耳にしますが

最近のイジメは、計画性があったり、執拗に弱みを狙ったり

あるいは、いじめっ子の中には人が死んでも構わないと

思っているまともな神経では無い子が増えている。

簡単に、心が弱い、いじめらている子にも原因があると入ってほしく無い

そう思うなら、イジメられている子に原因があるなら

「そんな態度は直したほうがいいよ、」とか

「出来るまで待ってやるよ」などと声をかける

庇うことが出来なくても、できる事でカバーするような

しつけや、教育をあなたは受けてきましたか

教えてきましたか?

大勢の方が、教えて貰ってないし、教えてもいないのではありませんか

批判は誰でも出来る、じゃあどうすればいいのかを

考えて見ても、良いと思います。

イジメの問題は、子供達だけの問題でなく

周りの大人達の行動や言動も大きく関わっています。

どこからイジメかではなく、普段からの行動が問題になります。

完璧な人間は居ません、しかし、普段行っている行為が周りに

どう影響を与えているか見直す事が必要なのかもしれません。

どこからかがいじめか?

自分がされたら嫌だなと感じた行為は、後にいじめになる可能性がある

もしかしたら自分の行動の中にも、他人に嫌な思いをさせている事があると

言う考えを持っている事が大事かもしれません。

 

 

ここからは個人的な偏見で実際はこの路線で話をすすめたいぐらいですが。

 

いじめは一度起これば、戦争であり、生きるか死ぬか

負けたら死か、負け犬かである。

以下にしてその戦争に打ち勝つか、いかなる手段を持ってしても

勝ち残る必要がある

と考える自分がいますが、穏やかではありませんが

実際の所このぐらいの思いがないといじめから逃れることは

出来ないのかもしれません。

 

これでは、相手が死ぬまで戦うことになるのかもしれません

理想とは違いますので終わりにします。